遠慮ばかりしていると豊かさの循環が生まれにくくなります

日本人は遠慮する習慣があり、マナーのようになっていますね。

最初は遠慮して、相手がさらに勧めてくれたら「では、お言葉に甘えて」と言って受け入れるような流れがあります。

これはこれで謹みや慎みがあり素敵な習慣だとは思います。

ただ、個人的には最終的には受け取るのであれば、素直に喜んで受け取った方が相手も嬉しいのではないかとも思っています。

 

いつも素直に受け取れない場合、自己評価が低いと本当は嬉しいのに「こんな私に」とか「私なんかに」と、遠慮というよりも、差し出してくださったものを受け取る資格はないというような自己卑下の意味が隠れていることもあります。

このような場合は、まずは、自分自身も差し出された優しさや愛を受け取る資格があるということを自分自身に許可を出しましょう。

 

相手のことを思いやり過ぎて遠慮をしてしまうときは、「本当はとても嬉しいのですが、本当に受け取っても良いですか?」というように、相手と素直な気持ちを伝えてみるのも良いかもしれません。

 

遠慮することで、差し出した相手はがっかりしているかもしれません。

喜んでもらえると思っていたかもしれません。

差し出されたものが勿論必要のないものであれば、丁寧にお断りをすることも必要なこともありますが、そうではなく、本当は嬉しいのに遠慮をして受け取らない場合には、結果的に自分自身で豊かさの流れを止めているかもしれません。

 

差し出されたものを受け取ることは、差し出してくれた相手と一緒に喜びや豊かさを分かち合っているのです。

愛や豊かさは、まずは差し出すことから始まりますが、受け取ってくれる人がいないと成り立たない循環でもあります。

その受け取る役目を引き受けているとすると、遠慮するということは受け取らないことで、受け取る役目を果たしていないということになります。

 

勿論、相手との距離感によって、一端遠慮してから受け取るというマナーが必要な場合もあるでしょうし、個人的になってくると、遠慮せずに感謝して受け取るということも可能性としてはあるでしょう。

その場に合わせて対応することが必要になります。

差し出すばかりの人は、受け取ることでも相手に喜んでもらえる機会となりますので、遠慮せずに受け取る役目を果たしてみましょう。

受け取ることが抵抗なく出来るようになったとき、豊かさの循環が創られたときです。