道が開かれるにはタイミングがあります

普段、わたしたちは頭を使い色々と思考したり、自分の意思で何かを決断して行動したりしていますが、本当に私たち自身の意思だけで行っているのでしょうか。

 

私たちは生まれてくる前に、自分がどのような使命を持ってどのような生き方をするのか、どこに生まれるのか、などのようなことを決めてくると言われています。ただ、生まれる前に輪廻があるとするならば、過去の経験の記憶やこれから未来になるであろう記憶を消去されて生まれてきます。

その記憶を生まれてから多くの経験のなかで少しずつ思い出していくことになるのですが、そのタイミングも正しい場所で正しい時に正しいことを行っている結果としてシンクロニシティとして表れてきます。

 

このタイミングは、私たち個人の意思でコントロールすることは難しく、コントロールしようとすればするほど自分で困難な状況を創りだすことに繋がります。

私たちは自分の意思で生きているようですが、もっと大いなる存在との約束に従い動いているだけなのかもしれません。

その中で、私たちの思考は、することをどのように遂行するのかということに使うように授けられたものであって、思考でコントロールするために授けられたものではない可能性があります。

 

わたしたちは本来、自分の内側に生きるために必要なもの(質・才能)は持って生まれていますから、今自分の居る環境に対応してその質や才能を使うことでいつも自分らしくあることの方が重要で、人生における様々なタイミングは、その時が来れば自然と開かれることになります。

自然と開かれるには、そのタイミングになるまで真摯に目の前のことに取り組む必要があります。

 

誰かに操られるという意味ではなく、わたしたちそれぞれの中に自分はどのように生きるのか、どのように使命を果たすのかという情報はもっているのですから、その大いなる意思を信頼して従い、自分自身を信頼し、捉われから自由になり内側を穏やかに過ごすことで、その記憶が展開されていくことになります。

ただ、やはり自分にとって何が大切なのか、どのように生きたいのかという自分の軸を持っていることは必要で、それに従っているならば、どのような選択をしたとしても最終的には目的地に到達できる可能性が高く、道を逸れることは少ないでしょう。

もしあなたが、何等かの焦りや不安を感じているならば、まずはあなた自身を信頼してあなたにとって大切なことは何なのかを見出して、目の前のことに専念してみましょう。