自分の内側が窮屈に感じるとき、間違った意識の向け方をしているかもしれません。

これまでも度々、自分の内側に意識を向けることや、することに意識を向けるというお話しをしましたが、意識の向け方が違うと自分を縛ることに繋がります。

意識する、意識を向けるということは、『~ねばならない』というようにすることではありません。

意識するとは、“何のためにそれをするのか”ということを意識すること、意図することです。

例えば、それまでは自分らしく相手に思いやりを持って接していたところを、友達が見ていて「○○ちゃん、優しいね」と言って褒めてくれたとします。

そうすると、それを聞いた○○ちゃんは、『いつも優しくしなければいけないんだ』と、思い込み、行動するときはいつも優しく接するように意識をしていました。

このように、誰かに言われたことで、『いつもそうしなければならない』と意識することで、窮屈さを感じながらも自分を縛り、自分らしさから離れていくことになりました。

友達は、無意識に行動している様子、いつもの自分らしく思いやりを持って接している行動をみて、優しいと感じたのですから、何も意識することなく、普段通りでよかったのですが、変に意識してしまったことで苦しくなりました。

このように、意識するのは、他の誰かから言われたからそうしなければならないものではありません。この場合は、自分軸ではなく、他人軸で行動、判断することになり、自分不在の状態になります。

意識を向ける先は、『何のためにそれをするのか』という本質の部分に意識を向けることが重要で、そうすることで、目的がぶれたりせず、自分の関わり方(質のもたらし方)をどのようにするのかということが適切に行われるようになります。

そして、することをどのようにするのかというのは、自分の内側に意識を向けて、「今ここ」に在って、自分の内側の感覚をしっかりと感じている、氣がついている状態のことをいいます。

することをどのようにするのかというのは、方法や手段のことではなく、自分の質を相手や周囲の方に対してどのような想いで行動していくのかというような意味です。

あなたが、意識することで自分らしくいられないことがあると感じるならば、何も考えずに、まずは、することだけに集中してみましょう。

そうして、行動している際に自分の内側の感覚を感じることで、変に意識を向けていた思い込みや刷り込みを意識せずに行動すること(思い込みや刷り込みを手放している状態)が出来ます。

意識を向ける先は、行為そのものではなく、その行為の背後に隠れている本質に意識を向けましょう。

そうすることで、あなたは、自分の質を行為に適切にもたらすことが出来ます。

元々、優しい人は、『優しくしよう』と意識しなくても、既に優しさを持って相手と関わることが出来ているのです。

『優しくしよう』と意識して行動することで、既に本来の状態からズレることになります。

意識を向けて捉われるのではなく、ものごとの本質の部分に意識を向けることで、ありのままの自分らしく適切に自分の質をもたらすことが可能になりますよ。