日々の生活の中に成長があります

熊本の幣立神宮にお参りした時、神主様にお会いしてお話しを聞かせてくださいました。

「修行は、特別なことをしなくても、毎日の生活を続けることこそが修行」とのこと。

 

神仏にお仕えなさる方などは特別な修業がありますが、そうではなく、一般的な人の場合は毎日の生活を、丁寧に続ける日々の中に様々な出来事が起こり、そこで自分自身と向き合うことや、自分の質をどのように日々の生活の中にもたらしていくのかということなどが全て修行になります。

そして、それは、ある一定の期間だけということではなく、新しい世界に移行する(他界)の瞬間まで続きます。

 

人間として地球に生まれてきて、物質世界という環境に順応しながら肉体を持って多くの経験をして感じることを通して私たちは成長しています。

魂の成長ができるのは、人間として感覚器官を使える肉体を持っているときだけで、他界すると、肉体から解放され、自我という感覚が無くなり、すべてはひとつの世界になりますから、感覚を通して氣づきが起こらなくなり成長することが出来なくなると言われています。

そのため、魂を成長させるために、神様と何らかの役目を果たす約束をして肉体をもって地球に生まれてきているとも言えます。

 

わたしたちは、普段の日常生活の中で自分が行動する際に、何をするかではなく、することをどのように行うのか意識を向けて行動することで、わたしたちの質は洗練されていきます。

 

また、それらを継続することの中にも自分自身と向き合う機会は訪れます。

「継続は力なり」という諺があるように、継続する際には、ついついサボりたくなる自分に克己し、続けることで忍耐力をつけ、多くの学びを得て実力が付きます。

その実力がついたときに次の展開が始まります。

わたしたちの日常生活を丁寧に続けることが修行になり、わたしたち自身を磨くことになります。