批判するときは自分の思考に捉われているときです

多方面から観ると、自分自身の氣づきも起こりますが、自分が思っていること感じていることが勘違いということにも氣がつくことがあります。その経験があると、他者を批判することが出来ないことを学びます。

私たちは何かの情報を得るとき、発信者の目線だけ、情報提供者だけの目線など、その人の目線になることが多々あります。

そこに相手がいる場合、両者の思いを確認することが出来ればよいですが、どちらか片方だけの目線によるものである場合、偏りが生じて物事をあるがままに客観的に観ることができなくなります。

立場により、その状況の受け止め方は変わるのですから。

自分自身が経験することでも、相手がいる場合は、推察できたとしても相手の状況や思いをすべて知っているわけではありません。

本当のことは、関わっている当事者に確認するしか分かりません。

ですから、良いか悪かというような二元性や二極性のものの見方は、何の解決にもならないのです。

では、自分に出来ることは何か。

当事者ではない場合は、客観的に両者の情報を観ることが必要になります。

そして、自分が出来ることは何なのか、もし自分が同じような状況ならばどのように在るのかということを学ぶ機会になります。

あるいは、今何が出来るのかと、実際に何かの行動にうつして働きかけることがその人の使命や役目になるきっかけになるかもしれません。

私たちも、相手に誤解されることもあります。

例えば、親子関係の場合には、親が大切に育てても、子どもにとって望む愛の注ぎ方ではなかった場合、すれ違いが生じます。次第に成長していくことで、客観的に観ることが出来るようになると、親に感謝することもできるようになりますが、子どものころにはそれが難しく影響を与えます。

良かれと思っても、相手に伝わらないこともあります。

お互いがどのように感じているのか、思っているのか、何を考えて感じているのかというコミュニケーションが大事ですね。

二元性や二極性のものの見方や捉え方からは卒業して、ものごとをありのままに客観的に観る癖付けを練習しましょう。

そして、自分自身がどのように在ることが自分を振り返る機会と学ぶ機会としてみませんか。