愚痴を愚痴じゃなくする方法

愚痴を言いたくなる時、『本音・本質は建前に隠れているけど分かる人には分かります』というお話しでも少し触れましたが、そこに本音が隠れています。

 

愚痴を言える相手は、信頼している人で例えば、家族や恋人、親友などが多いでしょう。

ストレスの発散には、同じ環境で働いている仲間など、共感することが出来る場合は、連帯感を生むことにもなります。そのことにより、お互いを慰めて前向きに気分転換もできることになりますが、もしかしたら一時的な関係だけで終わる可能性が高いものになります。

なので、愚痴も言う相手を適切に選べていればプラスに使うこともできます。

ただし、愚痴を言う相手を間違った場合、悪口になってしまう場合やトラブル発生の可能性、または周りから距離を置かれる可能性もあることを頭に置いておきましょう。

 

愚痴に隠されている本音は、「自分のことを分かって欲しい」「自分のことを理解してほしい」という思いがある場合や、自分がしたいことが出来なくて何らかの不満がありストレスになっている背景があります。

 

この時、愚痴を聞く側の場合は、話しを聞いて相手に同意したり、相手に共感することで相手も落ち着き、聞く側も重いエネルギーに飲まれずに済みます。

多くの場合、相談ではなく話しを聞いて欲しだけのことが多いので、ここで何かのアドバイスをしたりすることを多くの場合は求められてはいません。

ですから、愚痴を言われたときは、相手から信頼されている、甘えられているだけなんだと受け止めることで、エネルギーの消耗を防ぐことが出来ます。

 

ここでアドバイスをすると、相手からは『分かってもらえない』『理解しようとしてくれない』という思いを持たれることに繋がり、愚痴が続くことになります。

 

では、愚痴を言う側の場合についてですが、話しをすることで最終的には、自分の内側がすっきりして、本当はどうしたいのか、なぜ愚痴を言いたくなったのかということを見出すことをするか『すぐには解決できないけれど、それでも前向きに取り組んでみる!』という前向きな軽い状態になることが出来れば、それは愚痴ではなくなります。

誰かに話しを聴いてもらうことにより、内側が整理されて自分がどのようにすることが出来るかという答えを見出せたということになります。

 

愚痴で気分転換もできますが、気分転換は何かの状況がある場合、根本的な解決にはならないので、やはり話しをすることで気分転換ができ、余裕が生まれたことで自分を客観的に観ることが出来るようになって、解決の糸口を見つけることが出来たか、もしくはそのように働きかけが出来る活力が湧いてきたのならば、愚痴ではなくなります。

 

最初は、愚痴だったかもしれませんが、話しが終わるころには何か解決している状況に繋がれば愚痴ではなくなっています。

 

愚痴を言いたくなったとき、話しを聞いてくれる相手のことも想いながら話しをすることが必要ですね。話しを聴いてくれたことに感謝することで、話しを聞いてくれた人にエネルギーの補充がなされます。

また、話しを聴いていた側も、話しをしていた人が元気になって、前向きになることでその人の喜びにもなります。

エネルギーを奪うだけでなく、エネルギーの循環が出来る関係性になっているならばそれも愚痴ではなくなっています。

 

1人では解決できない時、話しを聴いてくれる相手がいるのは、ストレスを溜めこまずに済み、幸せで恵まれているということですね。

話しをして整理することで、あなたがすることをどのようにすることが出来るかと言うことを見出しやすくなります。それは、もう愚痴ではありません。