“思いやり”を辞書で調べると、その人の身になって考えること。察して気遣うこと。
遠くから思うこと。想像。推量。他人のために気遣ったり、同情したりする気持ちとあります。
そして、心理学の分野でも思いやりについての研究がおこなわれていますが、定義として挙げられているものとしても、辞書の言語的意味と同じようなものですが、そこに、気持だけでなく、自分の利益を顧みずに相手の利益の向上を図るというようなニュアンスが含まれます。
他の人のことを気遣うこと、そして、実際に行動することまで含めて思いやりとする雰囲気が一般的には多いでしょうか。
依然、美和明宏さんが「思いやりを育てるには、沢山経験をすること。そして、子どものころから本を読んだり、詩を読んだりして、想像力を養うことが必要」とおっしゃっていました。
思いやりの意味に、想像、推量、察するという言葉が使われていますから、想像力は必要になりますね。そして、どんな時にどんな感情になるのかということは、経験をしなければ分かりません。
よく、沢山の涙を流す経験をした人は、それだけ優しくなれるというのは、人の辛さや悲しさを経験しているから、相手の氣持ちを察したり共感することが出来るからですね。
実際に経験・体験をして、その時の感情を自分で感じないことには、どのような感じがするのかと言うことは人に聞いても分かりません。
本だけでなく、漫画が流行りだしたころ、一時期「漫画では想像力が養われない」と言われていました。 本や詩は、文章から登場人物や情景や感情、作者の意図などを読み取り想像するということが必要で、同じ本を読んだ人でも、想像する情景や登場人物の様子は人それぞれ違っていて、それが面白くもありました。それが、漫画になると、作者によって衣装や情景まですべて表現されているので、想像力が養われないと言われていたのです。
しかし、主人公と同一化することで、疑似体験はできるのでしょうね。
この思いやりは、他の人と関わるときに協調関係として必要になります。
自分自身にしか興味が無い人や、いつも他人任せで自分から行動することはなく行動する経験も少ないので大変さも知らなくて、思いやりをかけてもらったとしても感謝の気持ちを感じにくくありがたみを感じることも少ない人、自分自身に対する厳しさを相手にも当てはめて強要する人などは、思いやりがどういうことなのか理解することが難しいかもしれません。
他の人に対して、同情したり優しい言葉をかけていたとしても、本当には想いは無い可能性もあります。
なぜなら、思いやりの質を使い行動するとき、本当に相手が何を求めているのか、何を必要としているのかということを想像して見極めることが必要になります。
一方的な想いで感情を押し付けるような勘違いした同情や優しい言葉をかけられた相手には、言葉だけでなく、その言葉に込められた想い(エネルギー)も伝わります。
思いやりのある人は、これまでに多くの困難な経験をしてきたり、想像力豊かで察することができる人でしょう。
ありのままの自分を受け入れて自分も大切にすることがどういうことが分かると、本当に相手を思いやることがどういうことかも分かるようになりますよ。