失敗や上手くいかないことは途中経過・プロセスの一部です。

30日に氏神様に御礼参りをするのですが、今月も無事に幸せに過ごせたことに感謝をお伝えする御礼参りができました。

少し遅めの七五三や、お宮参りの方が多くていつもよりも賑わっている様子で、祝詞も聞くことが出来て幸せな参拝となりました。

太鼓の音はお腹に響いて心地よいですね。

和太鼓は縄文時代から情報伝達の手段として用いられていたようで、現在では神様との意思伝達の手段としても用いられています。

太鼓の音は、体で振動として感じることもできる力強い音で、私たちの内側に眠っている力を奮い立たせる力も持つことから、戦国時代には軍の統制をとるための陣太鼓としても利用されていました。

まさにレッドの波動です。

どちらにしても、私たちの内側の神性や眠っている能力を目覚めさせる音でもあります。

ここ10年程で波動や引き寄せなどが話題になってきましたが、古代から目に見えない波動の力は日常で使われてきていたのですね。

同じ太鼓の音でも、その使われ方は様々で、私たちそれぞれが持つ質をどのように使うのかということと同じで、その音の持つ性質を必要な場所で使われています。

エネルギー・波動の持つ質は1つではなく、様々な側面をもち、根底にはその質があるけれども、日常で現実的に表現されたときには違う側面を見せています。

例えば「優しさ」という質でも、使い方によっては相手に暖かさをもたらしたり、相手を自立させないようにしたり、包み込んだり、受け入れたりと様々な表情を持ちます。

その状況にどのように使われたのかにより表れ方が異なります。

その使われ方が適切であれば、ポジティブな表れになり、適切でなければ何等かの困難な状況が表れます。

これを、私たちの経験では失敗したとか、上手くいかなかったという表現がなされます。

私たちそれぞれが持つ質は、日常の経験のなかでどのようにもたらすかということが必要で、そのために適切さを様々な経験をするなかで学んでいきます。

でも、失敗したり上手くいかないことを経験すると、自分で思い込んで自分を諦めたり可能性を制限するようになるのです。

私たちそれぞれが持っている質は、適材適所で使うことが必要で、それが出来るようになるために多くの経験を通して学んでいるだけです。

そして、その経験の中で学び、洗練されて磨かれ輝くようになるのです。

失敗や上手くいかない時は、その学びの途中なだけで、使い続けること学び続けることで使いこなせるようになります。

 

私たちが苦手と感じていることは、実は持っている才能を使いこなせる途中経過、プロセスの最中ですので、そこで思い込まずに取り組んでみることも自分を知り可能性を開くことにもつながります。