変化するときに何を変える必要があるかは本当は自分で知っています

先日はヨーガクラスの生徒さんから、病院で検査したら数値が改善されていて、病院の先生に「何か新しい運動をはじめましたか?」って聞かれましたとのこと。

それまで、毎朝ウォーキングはなさっているのですが、それに加えヨーガを初めたことで、身体が目覚めつつあり本来の姿にもどり始めているようです。

(注:個人差があります。また、病気を治す目的ではなく、健康維持のために取り組み有用性があるということですから、病気の場合はまずは病院に行きましょう。)

また、ヨーガで自分の内側に意識を向けることを常に行うので、自分自身の変化にも氣がつきやすくなり、自己認知できているので感情や精神も安定させやすくなります。

 

そして、何よりも、自分の身体に責任を持ち健康であろうと積極的に取り組むこと自体が自分で何が必要かを認識することが出来ているということで、自分の内側の声にしっかりと耳を傾けて自分の声に従うことが出来ているということでもあります。

 

何かを変えようと思うならば、やはり自ら行動を起こすしかありません。

誰かが何かをしてくれるのをずっと待つということは、自分の責任を誰か他の人に委ねているということになります。

今までと同じことをし続けているならば、結果は今まで同じようにしかなりません。

そこに少しでも、取り組む姿勢としての意識を変えることが出来れば、結果も影響をうけて変化します。

 

自分で自分のことを『私はおかしいのかな?』『私が変なのかな?』と疑うことが出来るとき、それは自分に自信がないということではなく、自分自身を客観的に観ようとしている状況なので、ある意味正常と言えます。自分のことを客観的に観ようとすることをしなかったり、自分は正常で何ともないと思い込んでいたりする状態の方が要注意です。

そのような状態の時は、周りの人は客観的にみているので氣がつくことができますが、本人は客観的に観ることが出来ていないので氣がつくことが難しいのです。

では、いつ氣がつくのかということですが、それは、その人のタイミングによります。

勿論、その逆もありで、本人は客観的に観ることが出来ているのに、周囲がその人のことを思い込みで見ていてその人がおかしいなどと、意識が外側に向いていることも有ります。

自分の状態に氣がついているには、意識を外側に向けて誰かと比べるよりも、意識を内側に向けて、自分自身の変化に氣がついているようにすることの方が重要です。

客観的に自分自身のことを観ることが必要です。

そして、自分の状態がどのようであるのか外側の世界は反映して見せてくれるでしょう。