出来ていることに目を向けると、あなたの思い込みに気がつきます

子どもの頃から趣味でお菓子やパンを作っているのですが、自分が納得のいく出来になるまで試行錯誤します。

レシピ通りに作っても、その日の気温や湿度、オーブンの癖、その他の行程の細かい違いにより出来上がりの状態が変わりますから、満足のいく出来上がりにするためのコツを掴むまでに2・3回作る度に調整をします。(ほぼ実験のような感じです。)

また、さっぱりした甘みの方が好みなので、砂糖の量の調整や材料の置き換えもその調整の中でします。このように、最初から満足するものが出来ることは少なくて、調整することが当たり前のように受け止め、失敗と言う認識もないのです。

お菓子やパン作りに関しては、上手くいかなくても次に成功させるためにはどのように改善すればよいかと言うことにしか意識が行かなくて、超ポジティブで昔から上手くいかなくても、殆ど氣にならなかったのですが、その他のことに関しては、『失敗してはいけない』と言うような思いが強く、完璧でいなければと思っている自分が遠い過去にいました。ですから、当時は苦しくて、窮屈で仕方ない自分がいました。

今は、ある意味“その瞬間瞬間、今の自分が最善”と感じられるようになっているので、『完璧でいなければ』と言う思い込みから解放されて氣楽になっています。

 

完璧でいなければならないと思っている頃は、失敗は許されないものとして認識されていましたが、当時もお菓子は作っていたのです。勿論、1回目から満足できるものが作られているわけではありませんでしたが、不思議と上手くいかなくても氣にならなかったのです。次は、こうしてみようかなと、工夫したり改善することで起こる結果を楽しみにしているくらいでした。

また、そこで作るのを止めようと思わずに、『また作ろう!』と思えるのも、好きだからですよね。

 

氣がつかないって恐ろしいですね。

うまくいかないことを『失敗』と認識するかしないかと言うだけの違いで、お菓子作りに起こっていることと、それ以外で起こっていることはほぼ同じ上手くいかなかったということなのです。

それに、納得する出来上がりではなかったものは、それを完成品とせずに、アレンジして違うものに作りかえて頂いていましたから、それも楽しみでした。

 

現状で起こっていることは同じでも、自分がその現象にどのようなラベルを貼るかで受け止め方が変わり、反応と対応が変わってしまうのです。

そして、好きなことに関しては、上手くいかないことがあってもそこで止めようとは思わずに、チャレンジすることを迷わずに選択できるのです。

まぁ、エネルギー量が小さくて済むことなので、上手くいかなくても大事にはならないということも有りますが、それでも、無理やりや嫌々ながらやっていることならば、上手くいかないともうやりたいとは思えなくなるものです。

 

もし、あなたが今までに失敗と思ったことがあったとしても、それは失敗ではなく、成功へのプロセスの途中で、成功に1歩近づいたということです。

それに、あなたがそのことが好きなことかどうかという確認もできますし、何か他のことで、上手くいかないことがあってもやり続けることが出来ているものがあるのならば、

上手くいかないことに対して認識をしてラベルを貼りかえればよいのです。

 

わたしたちは、出来ていることがあるのに、出来ていないことだけに目を向けて捉われて思い込みます。

あなたが出来ていることに目を向けて観ることで氣づきが起こる可能性がありますよ。