偏見がなくなると可能性が拡がります

たびたび思い込みを手放すことについて触れていますが、改めて言われると『「思い込み」ってどんなもの?』と自分では、氣がつかないことも多いものです。
「~ねばならない」「~あるべき」と、自分で思っていることは、割と氣がつきやすいのですが、その他には、ネガティブなものと思っていることの中にも思い込みなことがあります。

それは、あなたの過去の経験で、嫌な思いをしたことなどが、その状況に対応する言葉にイメージとして残り、その言葉に対してネガティブなラベリングがされます。
例えば、「いい加減」という言葉は、ちょうどよいような加減という良い加減という言葉なのですが、何か手抜きをしたりしてミスをしたときに、「いい加減なことをしているから」などと、叱られたりすると、「いい加減:良い加減」という言葉に対して、本来の意味とは違う、ネガティブなイメージの概念となります。

「氣が強い」という言葉も、繊細な人や自分の感情を面と向かって話しをすることが苦手と感じている人にとって、何か有無をいわせないような威圧感を感じて我慢するような経験があると、ネガティブな概念の言葉として記憶されます。
「氣が強い」ということは、本来、その人の生命エネルギーが強く、その人らしく生きているということですし、その人は、自分の軸をしっかりと持ちぶれにくいということです。

このように、私たちそれぞれが経験したことで言葉の概念やイメージが変わってしまい、コミュニケーションをとる際にも、ズレが生じたり、誤解が生じたりします。
そして、何よりも自分の中でそのように理解していることで、自分らしくあるということにも影響を与えていることもあります。

例えば、「氣が強い」ということと「自分勝手」ということとは別のものですが、氣が強いということは、「周りに配慮しないこと」として偏って受け取ってしまっているので、自分は「氣が強く」ならないようにしようと思うと、いつも周りを氣にして自分の軸でいることが難しくなることに繋がる可能性もあります。
「自分勝手」とは、周りに対して思いやりをもったり、相手の立場に立つ、ということが足りていない状況で、「氣が強く」ても思いやりを持っている人は沢山います。

あなたが使っている言葉の概念やイメージは、あなたの経験が基になって作られています。

あなたが普段使っている言葉は、周囲の人の認識と違っていることにも氣がつくかもしれません。

あなたの経験を通してものごとを見ますが、思い込みがあると、捉われて偏ったものの見方に(偏見)になり、ものごとをありのままに見ることが難しくなります。

 

あなたが使っている言葉を確認することで、あなたの思い込みや捉われていることに氣がつくこともできます。

それに氣がつき手放すこと(思い込みの修正)ができると、それまでより自由になり、あなたの可能性を拡げることが可能になります。