スピリチュアルと健康について

1998年にWHO(世界保健機関)において、健康の定義にスピリチュアルが総会で提案されています。

1:physical Health (肉体的な健康)

2:mental health(精神的な健康)

3:social health(社会的な健康 )

4:spiritual health(直訳すると:霊的な健康)

健康とは、肉体的・精神的・霊的・社会的に完全に良好な動的状態であり、たんに病気あるいは虚弱でないということではない。

(原文)Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity.

ただ、日本では、和訳した時に霊的に対応する適切な言葉が見当たらず、信条的な健康、宗教的な健康と考えると、当てはまらない人々もいるので、尊厳と訳されたりもしていますが、現在のところ保留にされています。

そして、わたしたちは、スピリチュアルと聞くと何か怪しい感じや、特別なもののような、一部の人たちが関わっているような感じがします。 確かに、目に見えないもののお話しですし、実際怪しく感じるもの(怪しいもの)もあります。

でも、わたしたちは、ご先祖様を敬い、お墓参りに行ったり、ごはんを頂く前に「いただきます」と言ったり、お正月に初詣にいき、お盆にはお経をあげたり、日常生活がもう既にスピリチュアルです。本来は怪しくも特別でもなく、昔から生活に根付いていたものなのですね。一部宗教的でもありますが、一般的には無宗教のひとが多い日本です。 日本の文化では自然界のあらゆるものに神様がいると言われていました。

わたしたちの身体は、魂と肉体、感情、精神と切り離すことはできないもので、本来は統合されているものなのですが、これまでの社会は物質的側面に意識を向けて経済の発展と共にどんどん分離された状態になりました。

その反動なのか、人々の満たされない感覚は、目に見えないものへと意識が向き始め、それが、多くの人のイメージではスピリチュアルとなると、逆にあまりにも上に行きすぎて分離して独り歩きしている状態ですし、スピリチュアルであることに捉われて、地に足がついていない状況になって、怪しさを感じるようにもなっています。 目に見えないものが見えるから特別なのではなく、特殊能力があるから特別なのではなく、そして偉いわけでもありません。

わたしたちは物質世界に存在していますので、上に行きすぎずに、そして、物質的側面だけでなく、その両方の間でバランスを取ることが必要です。 それが、生まれるときに担ってきた役目を、現実的に実際的に根付かせる(自己実現)することになります。(エゴではなく、使命を果たすことです。)

わたしたちは、今を精一杯生きることを通して、最終的には自分の役目を果たすようになっています。

存在自体が何らかの必要性があって、今ここに存在しています。 健全さとは、その人なりにバランスがとれてwell-beingな状態です。

Well-beingとは幸福な状態のこと、満たされている状態のことです。 あなたがあなたらしく存在していることが既に幸福なのです。

わたしたちが健康で幸福であるとき、それは肉体的にも、精神的にも、社会的にも魂的にも統合されバランスが取れ安らいでいるときです。