「知っている」と、「理解している」の違いは大きい

先日、わたしたちは1日に6~8万回思考していることに触れましたが、ほぼ常に何か思考をしています。そして、さらに外からの情報を得て知識として活用するものや、情報に触れたけれども記憶に残らずそのまま忘れていくものもあります。

 

この仕入れた情報が、日常生活ですぐに活かされていくと忘れていくことはないのですが、使わずにいると次第にその情報自体を忘れていきます。

机上の勉強だけだと思考と肉体が分離しがちになります。

 

ですから、何かを記憶するためには同じことでも何度でも繰り返し記憶することが必要になるのですが、一番早い記憶の方法は、身体を使うことです。

受験勉強などでもアクティブ記憶といって、室内を歩きながら記憶するなど行動することで脳に刺激を与え機能を活性化するという脳の特徴を活用したし記憶方法もあります。

 

これは、日常生活における氣づきも同じで、氣がついてその時から行動を変えることで私たちの思考だけでなく、身体に記憶されて統合されると“わたし” そのものになります。思考と肉体が連携されて考えなくても意識しなくても自然と身体が動く状態になります。

 

わたしたちは知識として情報を得ると知っていると認識しますが、知識として持っているだけで、本当の理解には至っていないことが多いのです。お役立ち情報と言われるものは、実際に行動することでお役に立つことになりますし、セミナーに参加して学んだことでも、実行しないと役には立たないい、わたしたち自身も何も変わりません。

 

“知っている” と “理解している” の違いは大きいのです。

知っているだけでは行動には何の変化も現れていません。

統合されていない状況は、知っていることの内容と、その人の行動をみればわかります。

よく「言っていることと、していること(行動)が違う」というのは、本当の理解には至っていない状況ということです。「出来ているつもりなのですが・・・」と言う言葉がでるときは、「つもり」なので、出来ていない状況になります。

統合されたかどうかは、行動を確認するとすぐに分かります。

 

ただ、この言っていることと(知っていることと)行動の違い(ずれ)は、本人が氣がつきにくい部分で、コンサルテーションで話しを進めると、このズレに本人が氣がつきます。

氣がつくことができると、意識を変えることができ、そして行動も変わります。

ただ、まだ気がつく前の行動パターンが染み付いているので、その方の中で統合されていくまでは意識して行動していくことが必要になります。そうして、記憶が進み、本人の中で統合されると、意識しなくても行動することが出来るように成ります。

その際に感情は、何か違う感じがするとか、最近行動しやすくなったとか、実行してみて楽しかったし喜ばれたなど、色々な行動による身体の反応を感情として教えてくれます。この時に、感情はジャッジして落ち込むためにあるのではありませんよ。

 

この思考と感情と肉体のバランスが、あなたなりに整えられてしっかりと連携しているときが、あなたらしく存在していて、あなたの能力を一番発揮しやすい状態となります。

 

知識だけに偏っているなら、あなたの質を使いその知識を行動に移してみましょう。「見るとするでは大違い」と言われるように、簡単そうに見えることでも実際にやってみると難しいこともあります。でも、これも統合されてくると難しいことも簡単にできるようになります。

統合されるまで、途中で諦めずに楽しく取り組んでみましょう。